甘い噂の
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


今年もそりゃあ凄まじい豪雪の冬となり、
元旦こそ穏やかだったものの、
一月から本格的な底冷えがじわじわとやって来て。
その総括という勢いで、節分寒波と呼ぶべきか、
東北や北陸のみならず、
都心や中部、九州の平野部までもが吹雪いたのが、
二月の頭のことだったけれど。
その後は、さすがは“立春”というだけはあるということか、
陽さえ出れば、冬場とは格別に違っての暖かい、
日向や陽だまりがお目見えするようにもなって。

 そうしてそして、
 二月と言えばのお楽しみ。
 女の子には素通り出来ない一大イベントが、
 いよいよのこと間近となって。

各種業界の辣腕ワーキングギャルともなりゃあ、
知り合い全部へ渡すという顔つなぎに忙しいお人もあろう。
はたまた、思春期の学生さんだとしても、
まだまだそういう相手はおりませぬと、
仲良し同士で贈り合う“友チョコ”を選ぶのにと、
無邪気にもキャッキャとはしゃいでおいでのクチもあろうという、
温度差というのか格差も見られる今日このごろ。
……そういや“逆チョコ”とかいうのがありましたが、
あれって今年も健在なんだろか?

 「おはようございます。」
 「ご機嫌よう。」

見上げた空の淡い色合いをバックにし、
裸んぼだった木々の梢にも、
そろそろこっそりと新しい芽吹きの兆しが
マッチ棒の頭のように膨らみ始めている頃合い。
冷たいけれど、真っ新でもあろう朝の空気の中を、
白い頬に可憐な口許からこぼれる吐息の白をけぶらせて、
お揃いのコート姿をした少女たちが、
清かに笑いさざめきつつ、
閑静な住宅街の中、登校の道をゆく。
箸が転げても可笑しい年頃には違いないが、
だからと言って奇声を張り上げて笑うような子はいない。
歩きながら携帯を操作するという、微妙に行儀の悪い子もいない。
微笑うだけへでも、時折 口元へと白い手を添えと、
あくまでも品があっての穏やかな清楚さが、
どれほど豊かな家柄の子らかを偲ばせる、
そんなおっとり鷹揚な雰囲気にての会話を交わしつつ。
そりゃあ朗らかに彼女らが向かうは、
都内でも相当に上位におわす格を謳われておいでの女学園であり。
そういうところを意識して見回せば、
黒髪率も今時ではここくらいというほどに高く。
どの少女らもそれはそれは手を尽くしての手入れに怠りないものか、
頭の形に沿うようなつやの光沢が、
ちょっとした所作に合わせて躍っていて目映いばかり。
そんな中でも、正しく絹糸のようなとの描写に相応しき、
ほどよい重みをもたらすしっとりした潤いと、
そのくせ軽やかなめらかなつやとを持ち合わす麗しい髪を、
肩に触れるかどうかというところで、
すっきりと切り揃えておいでの小柄な少女がおり、

 「空木さん、おはようございます。」
 「一子様、ご機嫌よう。」

クラスメイトたちが朗らかにお声をかけるたび、
にっこりと控えめに頬笑む大人しさが、
微妙に儚げな印象もあるものだからか、
上級生らにも“あら可愛い”と、実はこっそり人気者のお嬢様であり。
とはいえ、学園指定のコートの丸い襟元へ、
小さな顎がくっつくそうなほども俯いていらしたのは、
ちょっぴり引っ込み思案なお人だったから
…というのもあるのだけれど。
今朝のこれは、それとは別口のとある思案があってのことでもあり。
そんな物思いのせいでか、微妙に集中が足りないらしく。
お友達のお声への反応もどこか薄い彼女だったが、

 「…でね。」
 「あ。ほら、三華のお姉様がたよ。」

周囲での話し声の中に、そんなフレーズが聞こえて来たのへは、

 「  …っ。」

はっとすると反射的にお顔を上げている。
と言っても、それは特に奇異な反応じゃあなく、
一緒に並んで歩んでいたお友達も、
え?どこどこと ついつい注意を向けるほどの存在。
先程 この学園では黒髪率が高いと述べたが、
その中では特に眸を引く髪色をした少女らがいて。
だがだが、それだけの要素で
こうまで他の少女らからの関心を招いているんじゃあ勿論ない。

  いづれが春蘭秋菊か

どれほど華麗で大輪の花々でも
彼女らの前からは恥じらって逃げ出すだろう…
という喩えに使われるお花よりももっと麗しの。
とある3人の二年生たちが、
今現在のこの女学園で、最も有名な人気者と言っても過言じゃあなくて。

 「白百合のお姉様、今日は編み込みしてらっしゃるのね。」
 「お手入れは全部自分でなさっているのですってよ。」
 「まあ、器用でおいでなのねぇ。」

朗らかに微笑っておいでの、
一番長身の色白な美少女は、草野七郎次といい、通称は白百合様。
本当に金を漉き込んでいるかのような、存在感のある真っ直ぐな髪をしており、
双眸は秋の空を凝縮したかのような澄んだ水色。
抜けるようなとはよく言ったもので、
奥深いところへ光を沈めたような透明感のある白い肌をし。
優しげで端正なお顔にはんなりとした笑みが浮かぶと、
同じ少女同士でもドキドキするほどに、暖かみがあってのそりゃあ美しい。
とはいえ、そんな風貌とは裏腹に、実は剣道部の猛者でもあって。
全国レベルでも1、2位を争うというから凄まじく、
後輩らへの指導ぶりも厳しいことから、
部の中ではこそり“鬼百合”とも呼ばれておいでだったりする。
そんな彼女のお隣りをゆくのが、

 「紅ばら様も、今日は早くにお越しですのね。」
 「朝は苦手とお聞きしたのだけれど。」
 「時折貧血を起こされますものね。お辛いでしょうに。」
 「ええ、お気の毒に…。」

次にお背の高い、随分と痩躯な少女。
三木久蔵といって、通称は紅ばら様。
軽やかな癖のある、けぶるような やはり金の髪をしていらして、
その髪の下へ透ける双眸は深みのある紅色。
目許に力みがあっての少々鋭角な面差しをしておいでなところから、
初見の人からは苛烈な気性かと思われがちで。
確かに気に入らぬことへは我を曲げぬ頑迷さも持ち合わすものの、
本質は単なるマイペースなだけ。
ピアノやバイオリンがお得意で、運動神経も素晴らしく、
幼いころから嗜んでおいでのバレエでは、
先でどこまで伸びるものかと期待されている新星なのだが、
何くれとなく噛みつくような積極性はむしろ足りない…というのが、
主治医のせんせえの零しどころなくらい。
そんな二人の金髪娘が振り返ったのは、

 「あ、ひなげし様が追いつかれてvv」
 「いい笑顔でおいでよねぇ。」
 「三年の一之蔵様が、そりゃあお噂してらしてvv」

オレンジ色に近い赤毛も愛らしい、林田平八というお姉様。
三人娘の中では一番童顔で小柄だが、実は最もスタイル抜群だったりし。
何でもアメリカで生まれて、最近まではずっと向こうにいらしたとかで、
当然というか、英会話が堪能でおいでだし、気さくで闊達。
やはりやはり身ごなしが軽い御方ながら、
課外活動では美術部に所属していらっしゃり。
してまた、一番にお得意なのは機械いじりなのだとか。
時々シスターに頼まれて、放送機器だの照明器具だの、
あっと言う間に修理してしまわれるのだとか。
そうやって、特技や何やを並べれば、
成程 歳に見合わぬ優れたお人らではあるものの、

 「不思議ですわよね。」
 「装いで目立ってらっしゃるワケでもありませんのに。」

周囲に同じように歩んでいる皆と同じ服装、
歩調だって所作だって飛び抜けた様子は決してない。
だというのに、それは華やいで映る彼女らで。
お顔が麗しいとか風貌が素晴らしいとか、お声に張りがあるというだけで、
こうまで人の注意を集めるものじゃあない。
となるとやっぱり、そのお人柄を皆が知っていてのこと。
それは人懐っこく、あるいは凛々しくも毅然としていてのこと。
それなりに格式高いお家柄だとか、
若しくは大人たちからの注目を常に集めておいでな中に、
身をおいて育って来られたお嬢様ばかりが集う女学園の中で、
より好もしいという評ばかりを集めておいでな、お姉様たちだということか。
今朝もそのお姿を拝見できたという ただそれだけで、
胸が弾み、嬉しくてほっこりと総身が暖かくなる。

  ああ白百合様が、紅ばら様の髪を、
  ちょいちょいと直して差し上げていらっしゃる。
  しなやかな指先がなんて優しいのでしょう。
  一瞬ちょっぴり驚いたように、
  表情が固まってしまわれた紅ばら様だけれど、
  見た?見た?
  口許がかすかに引き締められたのは、
  照れておいでの時のおクセなのよ?
  そんなお二人の様子へ
  肩をすくめて微笑っておいでのひなげし様がまた、
  何とも楽しそうでいらっしゃるのが、
  どうしてでしょうか、こちらまで口許ほころんでしまうほど。

……と、
ちょっとした挙動だけで、
周囲の皆様をほこほこと暖めてしまわれるところもまた、
全校生徒へ洩れなく名が知れ渡っておいでというほどの
人気者たる存在感というべきか。
今日からは期末考査が始まるため、部活動もお休みで。
皆さん同様、三華様がたも所持品が少ないめ。
学校指定の学生鞄でも足りるところ…なはずが、

 「…?」

あとのお二人も“あら”と小首を傾げてしまわれたのは、
紅ばら様が、小ぶりの紙袋をお持ちだったから。

 「あれってもしかして…。」
 「えぇえ? でもでも、当日は明日でしょうに。」
 「そうですわよね。それに…。」

他でもない紅ばら様がお持ちというのは、何だか妙な感覚が…とばかり、
周辺の少女らがこっそりさわさわし始めたのは。
どちらかのお持たせという、お店のものの流用ではないらしかったが、
それでも、その小ささと、
それ以上に軽そうな扱いようから察するに、

  ―― もしかして チョコレートなのでは?

ということ、皆が思ってしまったからに他ならず。
だって明日は、女の子には特別な日、聖バレンタインデーなんだもの。
ここは女学園なれど、
そして、日頃からも
不用意に菓子の類いを持ち込むのはご法度となっているのだけれど。
堅く禁止としたところで持ち込みようは幾らだってあるのだし、
それに、それこそ女子しかいない環境だけに、
それが元での醜聞だの諍いだのが大々的に起きるということもなかろうと。
シスターたちも教職員の皆様も、
よほどに大仰なものを持ち込まぬ限りは、見て見ぬ振りをなさっておいで。
そう、女の子同士でもチョコのやりとりというのはあって、

 「昨年は、紅ばら様が一番たくさん貰っておいでだったようよ?」
 「だってそれは、三木様だけが持ち上がりでいらっしゃったから。」
 「そうかしら。
  ひなげし様は持ち上がりではなかったけれど
  たんと集めていらしたわよ?」
 「そうそう。」
 「三年生のお姉様がたが、
  近来まれなほどの逆チョコをご用意なされたからvv」

そう、昨年度は“逆チョコ”なんていう変わった風習があったので、
本来なら貰う側から差し出すことへもさほどに問題は起きなんだのだけれども。
実を言うと、この女学園には、
聖バレンタインデーといえばの昔ながらの不文律というか、
誰が決めた訳でもないながら、そういうことと定まっている謂れがなくもなく。

  聖バレンタインデーの贈り物は、
  原則 下級生から上級生に渡すもののみとする。

 「だって、あまりに人気のあるお姉様からともなれば、
  貰えた人への嫉妬や何や、
  少なくはない揉めごとが起きることが想像されますものね。」

 「それに、
  もしももしも思わぬ人からだったなら。
  貰った側も、断れなくての辛いばかりかも知れないし。」

 きっと昔にそういうドラマチックなことがあったのよ。
 人気を二分するほどのお姉様がたの取り巻きが。
 相手の姉様が可愛がっておいでのお妹様へ、無理からチョコを送り届けて。
 目上の方からのお気持ちをないがしろにする気?と詰め寄ったとか。

まあ怖い…なんていうよな、
ちょいと勝手でファンタジーな想像に、
他人ごとならではで、
キャッキャとはしゃいでいたりするお嬢様がたのお声がし。
そんなお話の輪にはいなかったものの、聞くともなく訊いてしまった一子様。
同じようにはしゃぐことが出来なんだばかりか、

 「でもそういえば、私、
  先日、紅ばら様が
  Q街の ○○デパートの催場にいらしたのをお見かけしましたわ。」

 「そうそう、世界のチョコレート・フェアが開催されてましたものね。」

お話の流れがそうなったその途端、

 「 ………っ。」

自分の傍らから踏み出しかかった誰か様の手を、咄嗟に掴んで引き留める。
目許をたわめ、困ったように振り返って来られたお相手へ、
こちらも負けないほどに切ないお顔になって見せ、
それでもゆるゆるとかぶりを振ったその訳は……



to be continued. ( 12.02.11.〜 )



NEXT


  *ちなみにもーりんの周辺では、
   今の時期でないと手に入らない限定品を自分が食べたくて買う、
   マイチョコ派が主流です。
   まま、そういう年齢層でもあるけれど…。

   それはともかく。

   何だか大向こうからという持っていきようですいません。
   随分とだらだらとした進めようで、
   しかも意味深なところで区切ってしまいましたしね。
   いきなりのクライマックスから書き始め、
   そんな正念場へ至るまでの前振り部分を、
   一気に説明で持ってくパターンが続いておりましたので、
   これでも反省したらしいです。(おいおい)
   ただ、このペースだと、
   当日までに決着しない聖バレンタインデー話になりそうで。
   だったら意味ないじゃんと、今からセルフつっこみ入れてます。
(こら)

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